UA-41231015-5
無料でセレブ旅行に行く方法


2021年01月02日

火野正平とうちゃこ日記(52)2013秋の旅 士別市 砂川市 札幌市 喜茂別町  BS日本縦断こころ旅


サイクリング.jpg

寒河江幹です。
2013年秋の旅のスタートは、北海道からでした。

よし、今年こそ結婚に向けて動き出そうと決意したあなたへ手続きが簡単な結婚相談所naco-do


【士別市上士別町21線】士別市

秋の旅の初日は稚内をスタート。台風18号の影響が心配されたものの、スタートは奇跡的に好天に恵まれました。気持ちよく走り出し、日本最北の無人駅・抜海から列車に乗って一気に南下、まずは士別駅を目指します。すると・・・士別駅は大雨で、結局、二日間にわたってのロケとなりました。お手紙をくれた戸田まさえさんの「こころの風景」は、両親が50年暮らした「士別市上士別町21線」。2年前に家が取り壊されたその場所に、戸田さんは再び同じ家を建てる夢を見たそうです。21線という住所を頼りに、正平さんは今はさら地となったその場所を目指しました。強い向かい風の中、たどりついた「21線」。自然に囲まれた当時の戸田さんの暮らしに思いを馳せる正平さん、お手紙を読み終えてひと言、「うらやましいな」。




士別市士別町21線に両親が50年暮らし、姉と私が育った赤い三角屋根の家がありました。
家の向かいは実心寺というお寺さん。
そばに防風林があり田んぼに囲まれすぐそばまで山が迫っています。
夏には台所の窓から畑の野菜のなり具合を見て夕飯の献立を決めました。
裏山のそばに川があり、けがをした子狸を助けて治るまで飼ったこと、冬に白テンが納屋に住み着いたこと、トンビに油揚げをあげて餌付けに成功したことなど、昔話に出てくるような暮らしでした。
父が病気になり3年前に札幌に引っ越してきました。
赤い三角屋根の家は2年前に取り壊されたと聞きました。
先日私が故郷の土地に同じ三角屋根の家を建てた夢を見ました。
「ここに家を建てられるなんて思わなかった」と言っているところで目が覚めました。

【砂川市を流れる石狩川の左岸堤防から見た風景】砂川市

この日は台風で順延した249日目の撮影を終えてロケがスタート。士別駅から滝川駅まで輪行、そこから約11km南に下った、砂川市を流れる石狩川の左岸堤防を目指しました。62年前の風景は残っているのか。
砂川駅前の地図を見ると、お手紙に書かれた場所には大きな遊水池が。昔の資料がある郷土資料館で様変わりした川の姿を知り、正平さんは堤防へ向かいます。
氾濫を繰り返してきたかつての石狩川の名残が、目の前に広がっていました。




昭和26年私が6歳の時父が他界し、生活のため私は富山の母の実家に預けられました。
旅立ちの前日私は石狩川の堤防に座ってぼんやり川を眺めていました。
母とわかれる寂しさ、友達とわかれる悲しさ、見知らぬ土地への不安。
母が捜しに来てくれた時、しゃくりあげながらこぶしで涙をぬぐって振り返った私の眼に、川面のきらめきが夕日を受けて黄金色に変わっていたのが見えました。
すっかり忘れていたのですが、4年前母が他界し母を偲ぶとき、必ずその時のことが浮かんできます。
というより、母との生活の記憶がそれしかないのです。

【北海道百年記念塔の最上階からの眺め】札幌市

北海道は、お手紙をくださった横川さんのおばあさまが住むところ。思春期の頃に訪れた北海道百年記念塔からの雄大な風景に、「人生を変えたと言っても過言ではない」ほど感動したといいます。「いつか我が子にもこの風景を見せたい」と思い、それが数年前にかないましたが、子どもたちはちっとも感動してくれません。同じように感動してくれると思い込んでいた自分を、未熟だったと反省したそうです。「塔」と聞いて出発前から尻込みをする正平さんでしたが、横川さんのお手紙に応えようと札幌市街をチャリオと走ります。巨大な塔におそるおそる上ると、お手紙のとおり、 広大な風景が目の前に広がっていました。




千葉の実家から江別市の祖母の家へは数年に一度遊びに行っていました。
思春期のころから早く自分の子供が欲しかった私は北海道百年記念館の雄大な眺めを見て「いつか、自分に子どもが生まれたら、この風景を見せてあげたい」と強く思いました。
それがなんと数年前に叶いました。
二人の子供は景色に感動する様子はなく、足が疲れたと早く地上に降りたがるばかり。
「このきれいな景色を見て、何か言うことはないの?もっと感動しなさいよぉ」と、よくわからないお願いをする母(私)です。

【夢がかなった 忘れられない場所】喜茂別町

木村志津枝さんの「こころの風景」は、喜茂別小学校への通学路。喜茂別小学校は、母一人子一人で育った志津枝さんが働きながら通信制の大学で学び、念願だった教師の資格を取って、初めて赴任した学校です。
札幌を出発、標高835mの中山峠までバスで。そこから羊蹄山麓の喜茂別町まで20kmを下ります。走り始めてからずっと山頂を雲に覆われていた羊蹄山でしたが、志津枝さんの思い出の場所に着くと・・・。
雲が晴れ、羊蹄山が雄大な姿を現しました。




喜茂別町は札幌市から中山峠を通り車で1時間半ほどかかる、中山峠の麓にある小さな町です。
羊蹄山は「蝦夷富士」と呼ばれ小学校の校歌にも歌詞にのっています。
私の家は母一人子一人の母子家庭で、母が掃除婦と新聞配達を掛け持ちしながら一生懸命に育ててくれました。貧乏だったため大学へは行けず通信大学で勉強をし、29歳で念願の教師の資格を取りました。
はじめて赴任した小学校が喜茂別小学校でした。
3年生9人の担任となり、子供たちに助けられ美しい景色に囲まれながら教師として成長した場所であり思い出深い場所となりました。
数年前母は無理がたたり病気となりましたが、現在は回復し楽しく「こころ旅」を一緒に見て暮らしています。



posted by 寒河江幹 at 06:00| Comment(0) | こころ旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする