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2021年01月12日

火野正平とうちゃこ日記(62)2012年秋の旅 広島県 呉市 江田島市 廿日市市 安芸太田町 こころ旅 蔵出しスペシャル

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寒河江幹です。

2012年11月の秋の旅「蔵出しスペシャル」です。

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【龍王神社】広島県呉市

龍王神社のすぐ横に亡き祖父母の家があったので、神社の境内で小さい頃からよく遊んでいました。
春はお花見、夏は蝉採りと花火、秋はお祭り、冬は初詣。
中高生の時は元英語教師をしていた祖父に英語を習いに行くと言って遊びに行き、たいした勉強もせずにソフト神社裏でおしゃべりしながらずっと散歩していました。
龍王神社から坂の街、呉市が一望できます。
戦時中は海をみてはいけないだとか、原爆が落ちたとき大きなきのこ雲が見えたとか、話し上手な祖父の昔話をよく聞きました。




たどり着くのが大変でした。
まず「前田薬局」を聞きいったん通り過ぎましたが、戻って左折しました。
ず〜とゆるい坂道が続きます。
細い路地を抜けても坂です。
「まだ神社見えませんね」
地図を持っている検針中の方に聞くと、行き過ぎたようです。
「さっきもそうだったけど、監督知っていてず〜と笑っているの。4対1でシバこうかほんとに」
細い坂を登って、砂地が多くある境内にとうちゃこ。
いい見晴らしです。
手紙の一部がしょうかいされました。
「祖母が亡くなってから未だ神社に行けずにいます。行ったら、思い出があふれるように頭をよぎり、泣き崩れてしまいそうです。」

【江田島の古鷹山】江田島市
(2004年11月1日に安芸郡江田島町及び佐伯郡大柿町・沖美町・能美町が合併して江田島市に移行した。)

1945年8月6日のことです。
朝から暑い日でした。朝食を終えて家の庭に出て遊んでいた8時頃です。
古鷹山の向こうから突然、凄い閃光と爆音がしました。
広島市に落とされた原子爆弾であったのはずっと後にしりました。
わが家は、広島市から15q離れた位置にあります。
古鷹山は394mの山ですが、広島市内が一望できます。
春のお花見シーズンには友達と弁当をもって登った楽しい思い出があります。
いつのまにか私も正平さんに負けないくらいの“高所恐怖症”になり、下から眺める山になりました。
江田島の中でも自衛隊術科学校の運動場から見上げる古鷹山がこころの風景です。




海です。サヨリを釣っています。1匹つれました。
フェリーで江田島にわたります。
昼食です。赤い暖簾のお店です。広島風お好み焼きを注文。
運ばれてきたお好み焼きを見て「ガビーン、デコレーションケーキや」
うどんとそばとお好み焼きのミックスのようです。

ランニングしている学生?自衛隊員かな?
トンネル前に差し掛かると交通整理のおばちゃんは全く正平さんを知りません。
「東京から来た?」との質問に「東京っていうたらそうやなあ」と答えました。
古鷹山の下につきました。
地元のおばちゃんが追いかけてきて、イワシの揚げはんを差し入れました。

海上自衛隊第一科学校の敷地の中へ入りました。
「後方の方は女性の方を」と頼みましたが係長が出てきました。
グラウンドではトレーニングをしています。
レンガ造りの校舎の後ろには古鷹山がそびえており、グラウンドに座りながら「結構日本の自衛隊強いかもしれない」とポツリ。

【阿品台のZ坂からの眺め】廿日市市

Z坂を上ると、下の阿品公園、団地の家並み、海、海の向こうの広島市街、呉市へ続く山々、大小の島、そして宮島が正面に見えます。
一番右に大竹の石油コンビナートの煙が見えます。
30年前こちらに越してきました。
7年間の夫の単身赴任、子供の青春の嵐の吹きまくり、いろいろありました。
嬉しい時、辛い時、いつもZ坂の上からの景色を見ていました。
阿品公園の春の桜、秋の紅葉、雨が降ると“もや”がかかる宮島の山々。
日が昇る前のオレンジ色の空に、今日は絶対良いことがあると信じて手を合わせました。
昼間の海は真っ青になり、浮かんだカキ筏が五線に見え、行き交う船が音符に見えます。




監督でしょうか?電車の中で2人並んでいます。
「62と63です。よれよれです。」
途中、休憩でコーヒーを飲みたくなったようです。
地元のおばさんに聞くと「まぁ、堺正章さん」
「そうです、堺正章です。夕焼け〜海の夕焼け」と歌いだしました。
時間外だけれどもとおばさんはお店に交渉に行ってくれましたが定休日だったようです。
最後まで正平さんを堺正章さんと信じていたおばさんでした。
それが悔しいのか「あのころキミは若かった〜」と歌いだしました。

郵便局に入りました。
年賀はがきを売り出しています。
合格祈願のキットカットも売っています。
おばさんにおねだりして、買ってもらっていました。
阿品公園下で休憩、その後目的地にとうちゃこ。
「大したことはなかったなぁ」というわりにはゼーゼー言っています。
素敵な景色が見えるところにベンチがありました。
「嬉しい時、つらい時、いつもZ坂の上から景色を見ていました。」

【筒賀隧(ずい)道】安芸太田町

小学1年生の私は筒賀村天神原の住宅に住んでいました。
運動会の徒競走で、いつもビリの私を母は大変悔しがり、人目がつかない筒賀隧道に私を連れていき、かけっこの特訓を繰り返しました。
遠くにポツンと空いた出口の光に向かって、全力で駆けだします。
「よーいどん」の合図で、眼尻から涙を飛ばしながら、黒い母の影を必死で追いかけているシルエットは、今でも容易に浮かんできます。
筒賀村には小学校4年生まで住んでいました。
その後教員になった私は、毎年転勤希望を筒賀村にしていましたが、叶わないままに定年を迎えました。




電車に乗り込んでいます。通勤通学時間なのでしょう。混雑しています。
さすが正平さん、かわいい女性を見つけて「君かわいいなぁ、今日は休みなさい」と堂々とナンパしています。
中央駅で多くの人が降ります。先ほどのお姉さんも挨拶しておりました。
その次の子もかわいかったのでしょう、「君は降りるな」

なんか道に迷ったようです。突当りに道がありません。
サポート隊のカメラがトンネルを抜けてくる一行をとらえます。
地元の爺さんに道を聞くと「さっきも同じ事を聞かれたよ」とサポート隊のことです。

とうちゃこしました。夕日がきれいです。
「徒競走で4人中4位の私を連れて、このトンネルでかけっこの特訓を繰り返しました」
正平さんもダッシュします。
しばらくすると「あ〜やめて助けて〜」の声だけします。
対向車のライトがまぶしく光ります。












posted by 寒河江幹 at 07:00| Comment(0) | こころ旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする