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2024年09月29日

火野正平とうちゃこ日記(806)2018年秋の旅 神奈川 月曜版 BS日本縦断こころ旅


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寒河江幹です

2018年秋の旅もいよいよ神奈川県、月曜版をお届けします。

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【中里から百合が丘一丁目までの坂道】二宮町

わたしのこころの風景は、神奈川県中郡二宮町の中里から百合ヶ丘一丁目までの坂道です。
 今から30年以上前、わたし達は百合ヶ丘一丁目にある団地に住んでいました。
当時まだ2・3歳だった息子は、自宅にパソコンがあった私達(親)の影響で、お気に入りのゲームがありました。
(まだファミコンも無かった時代です)
そのゲームはお姫様がアイテムのハートを獲得しながら進んでいくもの(スーパーマリオみたいなもの)で、ハートを沢山取ると命が長らえる、つまりゲームオーバーしないというものでした。
 坂道の下の中里まで買物に行った帰り道、途中でしゃがみこんだり 歩くのを嫌がる息子に、そのゲームが好きなのを利用して、一口サイズのハート柄のチョコをゲームアイテムのハートに見立て、「ここまで来たらハート増えるよ」と言っては歩かせる。
それを繰り返しながら坂道を歩いて 家まで連れて帰ったものでした。
 たまに、時間の余裕がある時は、南の公園(百合が丘峠公園)によって、雲梯や滑り台でゲームのお姫様になりきってゲームごっこ。
息子にとっては斜面も遊具もすべてゲームの世界だったようです。
そして、疲れ果てて家にたどり着くとバタンキュー・・・無事ゲームクリアーです。




【貴船神社 百八段の石段】真鶴町

神奈川県で唯一の過疎地域になってしまった真鶴町。
天下の東海道線の駅なのに…
美しい自然美の町、三ツ石、お林 日本三大船祭り「無形文化財の貴船祭り」こんなすてきな町なのに、ちょっとさびしい気がします。
今日はその貴船神社の正面の百八段の石段に行っていただきたいのです。
今から五十九年前、私が打掛け姿で 何の苦もなく登って 社殿に向かった石段です。
今はなき主人(十五年前に亡くなりました)との結婚式のためです。
石段の両側には石灯籠が立ち並んで 貴船まつりの時 神輿がこの石段を下りる時の壮快さは見事なものです。
今は一段登るのにも考えてしまう年齢になってしまいましたが あの頃は社殿に向かうのにこの石段しか無かったのです。
今は車でスー 横から社殿に行けます。
現在は元気に大勢のお友達とたのしく生活していますが 一人になると主人を思い、石段を思い出します。
正平さん どうぞ石段を一段でもいゝから登って下さい。
きっと幸せが来ますよ。
真鶴町は坂の町 行きは良い良い帰りは怖い どうぞ気をつけて走って下さい。
又 お魚がおいしい町です。正平さんの食べている時のうれしそうな顔 いいですね 笑顔は人を幸せにしてくれます。




【横浜保土谷中央病院の屋上からの町並み】横浜市

、私の心の風景は、横浜保土ヶ谷中央病院(旧船員保険病院)の屋上からの街並みです。
六年前の春に難病を発症し、わけのわからない不安に包まれたまま長い入院生活に突入。
おぼつかない足取りで屋上を散歩し、色とりどりのひしめく屋根を見渡していた時、ふいに込み上げるものがありました。この屋根の下、いったい、どれくらいの人が笑い、泣き、そして苦しんでいるのだろう。
雲ひとつない青空に心配してくれる家族や友人の顔が浮かび、「生きている」「生かされている」という想いがひしひしと込み上げ、専門医にすぐに出会えた幸運に「生きなければ」「生きていくのだ」と胸が熱くなりました。
こころ旅にはふさわしくないありふれた街並みです。
けれど私が「生」を感じた場所に正平さんに是非立ってもらいたい。
そんな想いでこの手紙を書きました。
相変わらず入退院を繰り返していますが、今は症状も落ち着き、普通に歩ける幸せ、普通に過ごせる幸せをしみじみと感じています。
薬の副作用で顔も体形も別人になってしまいましたが、夫は「チャーミングだよ」と笑ってくれます。
それも病気にならなければわからなかった幸せです。
遠くMMの高層ビル群、運が良ければ反対側に富士山が見えます。
その昔は結核療養所だったそうで少し高台にありますが、ヒーコラと行ってみてくれれば嬉しいです。




【境橋】藤沢市

私の思い出に残る風景は藤沢市片瀬と鵠沼をつなぐ「境橋からみる鉄橋と境川」です。
私が子供の頃、両親は二人でお店(美容院)をしていました。
私が小学校に入学するとき、お店がある鵠沼の学区の小学校に入学しました。
両親は、学童保育に入れるよりも、学校からお店に帰ってくれば安心ということで、そのようになりました。
(自宅は片瀬)朝は、7時に家を出て、父とふたり友人の家まで行きます。
父は、送り届けると、お店に向かいます。
今なら10分程の道のりだと思うのですが、当時は、30分くらいかけて歩いていました。
また、帰りは、4時頃母とふたり八百屋さんやお肉屋さんに寄りながら家に帰ります。
朝はまだいいのですが、夕方は少し落ち着きません。
クラスの男子に見つかって、
「なんで今頃ランドセルなんてしょってるんだ?」
と声をかけられたりするからです。
でも、境橋を渡れば、クラスメイトもいないので安心します。
でも、今思い返すと、忙しい両親と私だけの貴重な時間だったと思います。
父は、そんなに早く、家を出なくても、開店時間に合うのに、娘を気にかけて 一緒に登校してくれました。
母とは、九九の暗記をしたり、引き算が苦手だった私と引き算の練習をしたりしました。
そんな生活も、妹が小学校に入学する年、私が、小学校3年生で、お店の2階に住むようになり終わりました。
今は当時住んでいたアパートも、お店もなくなってしまいました。
時々思い出す、懐かしい風景です。
当時は、境橋付近の境川には、ヨットが沢山停泊しておりました。




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posted by 寒河江幹 at 04:40| Comment(0) | こころ旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする